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あかがねの柱しろがねの柱

Their hight could not to be guess,
but they stood up in the twilight
like living towers.
             ──The lord of the rings

まっすぐに伸びる銅色の柱と銀色の柱、 見上げても見上げてもその先端まで視線の届かぬ 一本一本が大人二人で抱え切れない程の太さの、 巨大な柱の列が歩めども歩めども一面に 視界の限り続きます。

整然と直立する柱の間からも果ての分らぬ天蓋からも 明るい日射しがこぼれ落ち、 大聖堂の様な柱廊を内側から照らします。

この壮麗な大伽藍は人間の手によって、 そして太陽と雨と空気と土によって 三百年四百年かけて築き上げられたもの。 こんな場所が人知れぬ奥地にあったなんて。

先日知り合いのおじさんが山奥にあるという 日本有数と言われる美林の話をしてゆきました。 他所にないような場所だから絶対見ておくといい、と言うのです。 でも私は山歩きどころか本物の森に入った事もありません。 「真下まで車で行けるから大丈夫」 そうは言っても斜面を登るんでしょう。 「私もそろそろ孫連れていってやろうかな、と思って」 え、小学生の女の子と七十になる爺様コンビで? それじゃあ私でも行けるかな。

‥‥しかし。車で家から二時間かけて 最後の集落を過ぎてから、距離は近いはずのに いけどもいけども林の入り口まで辿り着かない。 昔日、杉の出荷で栄えた土地ですから 道も綺麗で平らなのですが、それでも実際は山奥なので 道がうねりくねっているのです。 しかも途中から鋪装がなくなった。 知らない人だったら「道が終った」と思うでしょう。

私もおじさんのあの強いお薦めがなかったら 恐れをなして引き返してますよ。 このあたりは県内有数の豪雨地帯ですし、 少しでも天候が悪ければ崖は滝になってしまって 近寄る事すら出来ないでしょう。 今日は好天続きの日々の中でも特別の晴れの日、 道の側の崖からは清水が飛沫となって車に降り注ぎ、 雪のような卯の花が揺れています。

最後の集落から更に30分。 川を渡って始まる登山道は、 杉の間伐材の木道がついています。 しかしこの木道、綺麗ですがこれがあるという事は そのままじゃ歩けない程傾斜があって うねうねと木の根が張ってるという事 ‥‥これはちょっと私には無理かも。 様々な木々の緑の葉がさらさらとそよぐ下を最初の30分、 これは無理だこれは無理だと息をきらせつつ登って。

急に静かになりました。 傾斜もなくなって、顔をあげた私の前に 静まり返って直立する真直ぐな柱の列。

いや、柱ではなくて。 「平均」直径が約80センチ、高さ40─50メートルの 生きた巨木の列が。

何百本、何千本。 これが山奥秘かに佇む巨樹の美林。 赤いごつごつした樹皮は杉、 白っぽいやや滑らかな樹皮は檜。

ベンチに横たわって天を見上げます。 遠近法の消失点に向かって取り囲む様に幹が伸び、 本当に消失してしまったあたりが僅かに葉を纏い、 明るい空はほとんど遮られていません。 その下、地上30メートルくらいのところでしょうか、 ちらちらと白い紙吹雪のような光が舞っています。 なんだろう。 花びらか、綿毛か、羽虫か、 下に落ちてこないので何だか分らないまま、 白い吹雪は高い幹の間を光りながら流れてゆきます。

この山は秀吉が戦国大名に杉の供出を命じたと言われる、 「御留林」、藩が大事に育ててきた財産です。 明治になって日本中の林が伐採、盗伐にあい、 僅かに残されたこの林は、日本固有種の杉を守るための 国有の参考林として永遠に残される事になったといいます。 伐れば一本一本が数千万円は下らぬ材となりますが、 伐らずに生きてある事が計り知れない価値となる樹の林です。

杉林というと花粉症の原因として悪名高い 戦後所構わず植えられ放置された杉のイメージのせいで、 美しい広葉樹林の景観を壊す、 鬱蒼と暗い森を思い描いていましたが、 人の育てた杉はこんなに見事で美しく、 杉林は明るく壮麗です。

人間がきちんと森の世話をし続け、 人間がずっと森の世話になっていれば 当然森は人間が入るのを拒む事はありません。 この山深い森を管理維持していくのは 昨今の厳しい林業関連事業の状況の中で 並み大抵な苦労ではないでしょう。 それでもこの林を護る人達はこの林に踏み込む度 力強い誇りを感じる事でしょう。

何の心構えも準備もなく足を踏み入れただけの私ですら、 あかがねの柱としろがねの柱で出来た 光さす威厳に満ちた柱廊を行くと まるで森の王のような輝かしい誇りに満たされます。(ナルシア)

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