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海 辺 の 薔 薇 と 白 兎

私は白うさぎです。
海の向こうに渡りたいから乗せて下さい、と 素直にワニに言えばいいものを。

鳥取の城下から国道はまっすぐ青い海に沿って走っています。
「そろそろ有名な白兎海岸ですよ」 ハンドルを握る連れはすっかり頭が休暇モードで、 ナビと観光案内は毎度ながら私です。

「何で有名なところなの?」 「因幡の白うさぎ」 「ああ、天然記念物の」 「それは奄美の黒ウサギ」 「百人乗っても大丈夫」 「それはイナバの物置」 「知らないなあ」 そうですか。

隠岐の島に流された白うさぎがこちらに渡りたくて、 海にうようよいるワニに声をかけました。

「こんなところにワニがいるの?」 「クロコダイルが日本海にいる訳じゃないですよ。 古事記の時代は鮫の事を和爾(ワニ)と呼んでいたらしいです。 方言で残っているそうで広島のワニ料理とか今でもありますよ」
「サメね」 あるいは南アジアにも同様の話があるそうなので、 実物は日本にいないけれど物語の生き物として 伝わって古事記に記されたのかもしれません。

小賢しい白うさぎはワニに声をかけます。 ワニさんワニさん、君たちはたくさんいるねえ。 ぼくたちの仲間とどっちが多いか較べてみないかい。 数えてあげるから、向こう岸まで並んでごらんよ。 ワニの仲間はぎっしりと並び、浜まで橋がかかったようになりました。 白うさぎは数を数えながらワニの背中の上を跳んでいきます。 そしていよいよ陸に着く瞬間、うさぎは勝ち誇って叫びます。

やあ、ひっかかったひっかかった。 ぼくはこの海を渡りたかっただけなんだよう。 ワニは怒ってうさぎに飛びかかり、皮を剥いでしまいました。

「皮はいだぁ?むごい」 「『本当は』とつけなくたって昔話は怖いんですよ。 そして子供たちは教訓を得るんですね、 『他人を騙すときは最後まで騙し通せ』」 「うさぎ死んだの?」 「いいえ。うさぎが浜で泣いていると、 そこに丁度通りかかった── あ、ここがその海岸です、左手に駐車場がありますよ」

白兎海岸は明るい色の砂浜が広がる綺麗な海水浴場です。 薄く伸びる波に向かってサーファー達が並んでいます。 しかし私たちはさっきまで鳥取砂丘と浦富海岸という 対照的で各々の迫力に満ちた自然美の中を 一日駆け回ったので浜をお散歩する気力が残っていません。 しかも海沿いの国道は信号がないので 激しい車の往来は途切れる事がなく、 浜のほうに渡る事も出来ません。 どうやら少し先まで行けば横断用の地下道があるようですが。

「どうするー?」 「‥‥の原生地があるんですよ」 「何の何が?」 「あのへん」

浜とは反対側、小山の下に散らばる民家のほうにちょっと入ると、 墓場のまんまえに重々しく文字の彫られた石柱がありました。 『王攵 王鬼 自生地』

「なんか怖い字だね。何て書いてあるの」 「はまなす」 「ハマナスって、え、花?」 「今年はあったかいからきっともう咲いていますよ」
見たところ、どこの郊外にでもあるような民家の脇の普通の土手です。 斜面を下って左手、小さな畑ほどの面積に周りと違う 濃い緑の葉が生い茂っていました。
その中に大きなバラ色の花。 まだピークには一ヶ月あるのに、 群落には数多くの一重の花が開いていました。 ここはハマナスの自生南限地なのです。

「はまなす咲いてるー!」 「触っちゃだめですよ、トゲが凄い」 「うわわわわ」
ロサ・ルゴサ、和名ハマナスは ローズ・ガーデンにもよく植えられる原種バラです。 形は野性的ですが、その芳しさは華麗な姿で 人々を魅了するいかなる薔薇にも劣りません。 群落の中に立つと、素晴らしい薔薇の香気に包まれます。 なんて佳い香り。

本当は。
私はこの小さな野生のローズ・ガーデンに来たかったのです。 神話の舞台といったって、一日近くの海岸を歩き回った後で 白うさぎもワニもいない普通の浜にそれほど興味はない。 初めから私が「ハマナスを見たい」と言えばきっとワニさんは 私を乗せて快くここまで連れてきてくれたでしょう。 けれど、もしまだ花が咲いていなかったら 私のためにワニさんはとてもがっかりしたでしょう。

だからハマナスが見たいなんて、白うさぎは言わないんです。 さも別の目的があるように偽って運んでもらうのです。

車の途切れない国道に駐車場から出ることができるだろうかと心配していたら、 目の前でみるみる渋滞が始まって、停まった車が道に入れてくれました。 「うさぎどうなったの?」 ああ、うさぎはね。 最後にあの向こうの出雲の國からやってきた国つ神・ 大国主命に傷の治し方を教えて貰うんです。 「オオクニヌシノミコト」 「後には大黒様と呼ばれますね」 「あ、知ってる。あのサンタクロースみたいな人」

まず身体を真水で清めてから、水辺に生える蒲の花粉を 布団のように地面に敷きなさい。 「その上を転がれば、」

──うさぎはもとの白うさぎ。

「あっ!見て、ワニが並んでいるよ!」 運転席からいきなり嬉しそうな声があがりました。 右手の海を見ると、岬の手前にちっちゃな島があり、 浜との間に点々と黒い岩礁が飛び石のように並んでいるのが 透き通った日本海の水の下にくっきりと見えます。

ほんとだ。
ほんとうに因幡の浜にはワニがいた。

道はずうっと青い日本海に沿って出雲に続いています。(ナルシア)

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