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蝶 の 城

晴れていたら東シナ海の輝く碧が見遥かせるのですが。 なめらかな石積みの郭壁に囲まれた城跡は 熱帯のスコールのような豪雨に沈んでいます。

一昨日、真夏に近い日射しに白く浮き上がる首里城の 流れるようにうねる石壁に感銘を受けたものですから、 今日はその首里の中山王──後の琉球王と覇を競った、 琉球北部は本部半島の北山王の難攻不落の城、 世界遺産である琉球グスク群の中でも名高い遺跡、 今帰仁(なきじん)城(グスク)跡に来ています。

城のある街に住んでいる私から見ても見慣れた城とはまるで違う、 こんもりと低い濃緑の森に埋め尽されそうな大量の灰色の石組は 色合いといい組み上がった線の柔らかさといい 本土の城よりもユカタン半島のジャングルの中に遺る 信仰深いマヤの遺跡の雰囲気を思い起こさせます。

それも故なき事ではなくて、ユカタンでも琉球でも 使われている建築資材が共にその地に豊富な石灰岩だったのです。 あちらで白い壁の向うに見えていた 目の覚めるような碧はメキシコ湾とカリブ海でした。

人気のなくなった郭内をうろうろし、 発掘作業中で粗く石を積んだ小径を雨で滑りながら降り、 石壁に貼り付いて劇しい雷をやり過ごし。 親切なチケット売りの人が、さっきのお客さん この土砂降りにふりこめられて降りてこられないんじゃ なかろうかと心配するくらいに長居をして、 さあ堪能しました、と長い石段を降り始めたら
‥‥雨がぴたっと止んでしまいました。

地面から湯気が立ち上る城の前で石垣を振り返り、 何気なく傍らの草むらに進んでみます。 ただ、雨が止んだからこっちから 東シナ海が見えるかなあ、って。 深い草むらですが、轍の跡が付いているので 村に行く人もある道だろう、と。

地面に近い低い位置にオオムラサキのような 深い紫の蝶がとまっています。 細い草の茎に白地に細いペン描きの線を引いたような、 あ。イシガキチョウ。 又の名をイシガケチョウ、 印象的な意匠の羽を開いてとまっています。

ゆっくりと飛び過ぎる漆黒に白い斑が一つあるアゲハ、 後翅の尻尾がひどく長く見えます。 その奥でゆっくり羽を開閉する蝶、 ‥‥ちょっと待って。 見渡すと雨上がりの草むらには一面に、 大振りの花が開いた様に無数の蝶が。

蝶の谷、というのは 北アメリカに渡ってきたカバマダラの大群が 樹に鈴なりになる土地でしたか。

カバマダラに似た茶色のマダラ蝶も草むらに居ます。 じっと静止し、湿った翅をゆっくり開閉し、重たげに低く飛び。 うちの庭を入れ替わり立ち替わり訪れる蝶とは 微妙にプロポーションの異なる、 色合いもどちらかと言えば黒か白か茶で派手ではない、 見なれぬ蝶が驚く程の密度で羽を乾かしています。 濡れた山道には大きな巻貝がのろのろ這っていました。

さすがは沖縄、生き物の密度が濃いなあ、と その時は妙に納得して帰って来たものの、 やっぱりあの蝶の密度はただごとではなかったような気がします。 で、沖縄と蝶でちょこっと検索。
ありました。

地元の高校生達が天然記念物のフタオチョウ、コノハチョウを 密猟から守るために看板を立てたという新聞記事。 今帰仁村は沖縄本島に棲む蝶のほとんどの種が棲息している 蝶の棲む村なのだそうです。

知らなかった。
私は多くの蝶の棲む豊かな領域に踏み込んでいたのですね。 月日が経てば経つ程、あの光景は 尋常な風景には思えなくなってきました。 あの後、羽を乾かし終った蝶たちは草むらを離れて 思い思いに空に舞い立って行ったのでしょうか。 夜はまた舞い降りて、皆で草むらに身を寄せるのでしょうか。 月が草むらを照らしたら蝶は蒼く浮き上がって見えるのでしょうか。
古の昔、北山王とその一族は蝶に囲まれて栄え、戦い、 そして──滅びていったのでしょうか。(ナルシア)

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