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螢 の 樹

黄緑色の光点が一つ、滑らかな芝生に覆われた 斜面の上1メートルばかりのところを すうっと流れてゆきます。

アパートのベランダから見える斜面の上は真っ暗な森、 光はその木々の闇の中にすべりこんでゆきます。 本当はこの向うにも住宅地が広がっているのですが、 丘の斜面の森の中に点在するアラバマの家は 木々に隠れてなかなかお互いの姿が見えません。

翌夜、車の中から気をつけて川の付近を見てみました。 なんにも光るものはありません。 あきらめて木に囲まれた住宅地のドライブウェイに入ります。 またひとつ、植え込みを横切って黄緑色の光。

どう見ても蛍ですよね。 水田のないアメリカで、川にいないのならどこにいる?

今の螢もアパートで見た螢も、なんだかとっても急いでいます。 灯を点したまま一直線、パートナーを探すならもっと ゆったり明滅しながらふわりふわりとうろつくはずです。 さしずめ舞踏会に間に合うように大慌てといったところ。 さて舞踏会はどこである?

実は私の住むアパートはその名称のもととなった 小川が敷地内に流れています。 日本の螢のように水辺に集まるのなら斜面を下るはずなのです。 それが、アパートで見た蛍はまっすぐ斜面の上の森に向かいました。
暗い木々の中に。 アパートの灯火から逃げるように。

そうか。
蛍は自分の光を見せて異性を呼ぶのだから 暗いところじゃなくちゃいけない。 そしてここの螢は水辺には興味がない。

森を探そう。

とはいっても人気のない夜の森なんて物騒で行けないから 探すのはやっぱりこのあたりの住宅地なのですが。 「こんなところにホタルがいるの?」と、半信半疑の 連れを乗せてゆっくり車で巡回してみます。

どこのお宅も家の周辺は煌々と明るく照らしていますが、 木に囲まれているのでドライブウェイまで光が届かず、 ところどころ真っ暗な場所が残っています。 住宅地のどまんなか、大きなお宅の芝生に面していて、 ポーチライトが丁度陰になっている手ごろな暗闇がありました。 車を止めてライトも消して、暗闇でじっと息をひそめます。

「しかし。あんまり長く居ると不審に思われますね」 「どーみても怪しいよ。パトカーくるかも。  早くホタル見て帰ろう。どこ?」 そういえば、あのまっすぐ飛んでくる黄緑色の光は見えません。

ここじゃないのかなあ、やっぱり人家のあるところじゃ 駄目かな、木立の向うは道路だしね、などと ぼんやり考えていてはっとしました。 向こうが道路?いや、道路はもっと離れているはず。 じゃあ今、目の角に見えている道路工事の標識の あのちかちか光る青い紐状のライトは?

「あれは」
私に促されて連れが私の脇の窓から薮を見遣ります。 「ん?工事の警告灯」 やっぱりそう見えますか。でも。 「違う」
違いますよ。あれは、

蛍です。

「えええええええ、ほたるぅ?  だってあれ、つながってぴかぴか順番に光ってるよ、  虫があんな事する?」 「それじゃあ」 私はわざと声を低くしてフロントガラス越しに空を指差します。
「あれは?」

「うわあああああ」
振仰いだ連れが闇の中で声をあげます。 フロントガラスの上部には私がその陰に車を止めた大きな木が 道の上にアーチ状に大きな枝を広げていました。 そしてその大きな樹の枝いっぱいに、 青い光の点が群がって、一斉に点滅していたのです。 何百の。何千の。小さな灯の点った巨大なイルミネーション。 それがぱぱっ、ぱぱっ、と早いサイクルで瞬き、 大きな樹全体に光の波が走ります。

その統一されたインパクトのある光景は  とてもあの小さな昆虫の為せる技とは見えません。 「な、なんでこんな凄いのに気がつかなかったんだろう」 「だって、木の上なんか見ませんでしたから。  ホタルは低いところにいるものだとばっかり」 暗いところに慣れた目には蛍の黄緑色の灯は 蒼白く見えてなお清冽です。

車を降りて樹の下に立ちます。 「ホタルが木についてみんなで光るなんて知らなかったー」 「生きたクリスマスツリー、と言われる ニューギニアのホタルの木の話は聞いた事がありますが」 「まさしくクリスマスツリーだねー、凄いねー」 まさかこんな米南部の地方都市の住宅地のまんまんなかで 生きたホタルの木を目の当たりにする事ができるとは。

それぞれの光はグループごとの一固まりになって 同時に光り、続いて隣り合ったグループがまとまって光り、 全体で光の固まりが流れるような 統一された光のサインを形作っています。 よく見ると、点滅に参加しているのは枝に止まった蛍で、 まだ枝に辿り着かない新参者は光ったまま 自分の場所を探して枝のまわりを漂っています。 無事舞踏会に間に合った蛍は、 自分のパートを頑張ってこなしています。 うちのアパートの斜面を急いでいた蛍も この点滅の中にいるのでしょうか。

ひとつひとつの光は小さいので、蛍もただ うろつくだけでは仲間になかなか出会えないのでしょう。 闇の中で大きな樹全体がぴかぴかと光っていたら 遠くからでもあそこにいけばお相手が見つかる、とわかります。 強い光でものを見る私達にはなかなか みつかりませんでしたが、地上1メートルのところばかり 見ていたからわからない、振り仰げばそこに 想像を絶する壮麗な螢の樹があったのでした。

翌年、あの華麗で大掛かりな光のショウが見たくて ホタルの季節にまた同じ場所に行ってみました。 しかし、のどかな南部の住宅地も年々治安が 悪くなっており、あのお宅も今年は芝生を照らす灯を 新しく取り付けていて、明るい光に浮かび上がった大木には 残念ながらホタルは一匹もいませんでした。

みんな今年はどこかもっと 暗いところに集まっているのでしょう。 人間の作った灯の届かない、森で一番暗い木が 今頃は大きな青い生きたイルミネーションとなって 数限り無いアラバマの螢を招いているのです。(ナルシア)

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