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大 竜 巻

死に絶えた古代の巨大生物の叫びのような 低く悲しげなサイレンの音が重い雲の下に轟きます。 最前から人っ子一人通らぬ道路の上を 私の小さな車はぐうっと風にもっていかれるように 横滑りを繰り返します。

アメリカにやってきてすぐ、現地の免許を取ろうと思って 路上で練習していた時の事だったのですが、 妙に不穏な雰囲気に早々に切り上げて戻ると アパートの電話が鳴りっぱなしになっていました。

「どこ行ってたの! トルネード警報出たから出歩いちゃだめだよ!」 受話器を取り上げると、近所に住む日本人の友達に 思いっきり怒られました。 ええ?トルネードってこんな春早くから来るものなの?

くるのです。
巨大な熱量発生源である広大な大地を持つアメリカでは、 竜巻きの威力も日本の比ではありません。 竜巻き雲が発生したからといって、 いつも竜巻きができる訳でもないし、 台風やハリケーンなどの広域に被害を与える嵐と違って 雲から伸びる象の鼻のような竜巻きが 地面に接触する範囲はごく限られています。

しかし「タッチ・ダウン」されたが最後、 人も車も家も店鋪も、護る術無く空きカンのように 回転する暴風にことごとく吸い上げられてしまいます。 ですから竜巻きがやってきたら、 とにもかくにも人間は我が身一つを護るために 地下や頑強な建物の中に逃げなければなりません。 アラバマは夏には毎日サンダーストームがある上に、 トルネードもしょっちゅう通る土地なのでした。

西の地からやってきて 街のまん中を横切る禍々しい暗雲が、 TV画面上で色鮮やかなパターンとなって動いています。 その前でいつもは穏やかな気象予報士のお兄さんが 薄い頭髪を逆立てて血相を変えて絶叫し、 画面下には次々白いインポーズの文字が流れます。 「画面下に出ている地域の方は、これを見ていないで いますぐシェルターに避難して下さい!」 はあ。実はここはその「地域」の一つなんですが。

でも私は今TVの前を離れられないのですね。 トルネードが接近して電気の止まった地区の友達から ひっきりなしに脅えた声の電話がかかってくるので 状況説明をしなければなりません。 それよりなにより私自身、この一大スペクタクルを 最後まで見届けずにはおかれないのです。

「今ね、お宅の横のフリーウェイ沿いに走ってる」 「あ!ピッツァハットの屋根が飛んだって!」 言っているそばからこんどは自分の背後に 機関銃射撃のような鋭い金属音が響き始めます。 振り向くと、窓の外斜面になったアパートの敷地いっぱいに 白い石ころのようなものが跳ね回り、転がり落ちます。 ソラ豆くらいの雹。 トルネード雲は自動車並のスピードで北東に進み、 あっという間にこの附近にまで来ていました。

白い飛沫に霞む天と地の間で、 黒い木々が大きく頭を下げ大波のようにうねります。

──やってきたのと同じ素早さで、 竜巻きはとっとと去っていきました。 今回はなんとか大過なくやりすごしましたが、 さて、知り合いのみんなは無事だったでしょうか。 「本屋に逃げ込んだら店員さんが何十人ものお客を みんな倉庫に誘導してくれて、鍵かけて籠ってた」 「いっぱいクッション抱えてバスタブにもぐってた。 怖かったよ〜」 「雹で車のミラーが割れちゃった」 「‥‥ずっとビルの中で一人で仕事してて知らなかった」

後日町の南側に行ってみると、 タッチダウンした丘の麓は谷底の道に沿うように 新築の家屋が軒並み破壊され、 森のはずれの木立が一筋に倒されていました。 白い生木の跡が示す龍の通り道。

また別の時、 アラバマ北部の教会の屋根が吹き落とされ 大勢の方が下敷きとなるという痛ましい災害がありました。 日曜のミサが行われていていて、集まっていた人々は 直前に出されたトルネード警報を知らなかったのです。

英語を教えてくれる教会のクラスの集会で、 西海岸で起きた地震の被害者を悼んで壇に立った 銀髪のマネージャーが首を振りながら言いました。

「アラバマには地震はないけれど、かわりにトルネードがあります。 この地上何処に行っても災厄は逃れらるものではありませんね。 ──祈りましょう」

願わくは我らの上に悪魔の龍が タッチ・ダウンしませんよう。(ナルシア)

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