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波の花

恐ろしい程の風です。
断崖の上に身を乗り出しても、 海から崖を吹き上げる風の力で身体は確りと支えられてています。 今この瞬間風が止まったら私は崖下へまっ逆さまかもしれないな、 などと思いながらも面白いのでますます身を乗り出して 足下遥かに打ちつける波を覗き込みます。

肌理細やかな絹地のような青い日本海には すうっと白い糸の様な波頭が流れ、 ひらひらと薄い優しげな波がこちらに伸びて、 それが切り立った岩に叩き付ける時は まるで別のものになったような荒々しさです。 能登金剛。 日頃大平洋を見て暮らす目には、 海の水そのものすら異なって見えます。 松本清張の小説「ゼロの焦点」の舞台と書かれた 立て札の向うは劇しい波飛沫に霞んでいました。

全身で風と真っ向勝負をしながらドライブインに戻ると 私が出て来たドアにはロープがかかって 「風が強くて危険ですので外に出ないで下さい」 という札が下げられていました。 確かに、これでは気を抜くと吹き飛ばされてしまいます。 低気圧が接近してきたのです。

少し南に下って、今度は義経が舟団を隠したと 伝えられる岩場を探しに行きました。 空は瞬く間に重い灰色の雲に覆われ、 青かった海も鈍銀色になり、 丈の高い金色の枯れ草も枝のうねりくねった緑の松も 一様に海からの風に傾いた線描の影絵になります。 海しか見えない崖伝いの道の先、 水平線近くに雲間からの陽が落ちて、とぼとぼと あの世に向かって歩いている様な気分になります。

枯れ草の中の道の先はあの世ではなくて 車道に合流していました。 道の反対側に小さな広場があって、 路線バスが一台停まっています。 ここが折り返し地点で、出発時刻を待っているのでしょう。 しかし、バスのエンジンは止められて、 運転手さんの姿も見あたりません。 あたりには建物一つない、一面の枯れ野です。 打ち捨てられたようなバスの前をうろうろしていると、 灰色の風景の中をふっと白いものが横切りました。

雪?
雪にしては大きい。 その白いふわふわしたものは、布切れをちぎった様な 半端な形で次々空を漂って来ます。 言葉が先に浮かびます。

波の花。

波の花ってなんだったかな。 あれは確か海から生まれる。 なんだかはっきり思い出せないまま走って岸壁にとって返します。 目の前の崖下から白いふわふわがいくつもいくつも飛んできます。 強風を頼りに身体を断崖に乗り出して覗き込むと──

波の花。
切り立った岩に打ち寄せた波が、 洗濯機の中の洗剤液のように泡立って、 盛り上がった泡が風に吹きちぎられて 白い大きな花のように宙を舞っているのです。 プランクトンや海藻の粘液が海水を粘らせて、 日本海の強風が泡を生む能登の冬の風物詩です。 まだ紅葉の美しい十一月半ばだというのに、 私は冬が始まった瞬間を見てしまいました。

織り物のような日本海から鉱物的な色合いの 大平洋側に戻った数日後、 夕刊に大きく真っ白に泡立つ波と 飛び散る波の花の写真が掲載されていました。 私が訪れていた能登金剛は波の花の名所だったそうです。 全然知らなかったなあ。(ナルシア)

能登金剛

「能登金剛」 金色の枯れ草 絹地のような日本海。 かも知れませんが 強風に吹き飛ばされないように 必死に頑張っております。

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