砂丘に出ると、唐突に目の前が巨大な異次元に通じる 巨大な‘紙一重の’スクリーンになったかのようだった。 こんな時「うわぁ」としか言えないのが情けない。
バラード的な、あまりにバラード的な砂の世界。 そして砂の合い間の蒼い海。午後。 長い列をなして個を捨て、砂山の向こうへ歩いている人々。 砂の丘のてっぺんで音も無く手製の鳥を飛ばす人々。 巡礼する人々の足跡が無数に砂を埋める…日暮れまでの命。 点にしか見えない人々の中に、いつか自分達も溶けている。 砂は、以前もらったモンゴルの砂に似て黄色い。 人々は海岸の手前にできた大きな山を皆黙々と目指している。 そして、しばし海を眺め、こちらへと戻って来る。 ただそれだけのことなのに(馬車やラクダにも乗れる)、 終末の世界に遭遇してしまった感覚は、あれ以来記憶の表に在って、 時折青白いシグナルを発している。
鳥取砂丘。Tottori Sand Dune。というのだ(看板より)。 ここも、行くまでは姿がわからないと思う場所の一つ。 あそこに人々の列がなかったら、それはただ海沿いの砂地でしか ないのかも知れない。それとも、他の展開にまた圧倒されるのか。
しし座流星群を砂丘で見るのも「今この時」の贅沢かも知れない。
あの世界から日常へ戻るための仕掛けにも余念がない。 駐車場付近の看板類を読むだけで、 取りたててユーモアがないとしても笑顔が戻るだろう。 ユーモアが過ぎた場合は、さらに異次元にはまり込む。
砂の丘の規模が日本的か世界的かなどどうでも良かった。 そこにあったのは週末の終末、黙示録的な世界だったから。(マーズ)

砂丘で見つけたブロッケン。中央右がマーズ、左がシィアル。