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母とコーヒーの思い出

紅茶党であるが、コーヒーの話。

ずうっと前に、コーヒーを立てている人の側で 「コーヒーも香り通りの味だとおいしいだろうに。」と、 やっぱり紅茶党の子と話をしていて、 コーヒー党の人には理解してもらえず、苦笑いをされたことがある。 あんなに香ばしいおいしい香りなのに、こんな味なんてもったいないと、 私の中では味と香りにギャップがある。

母は、思い出したようにおいしいコーヒーを飲みたくなる。 普段は紅茶だろうがインスタントコーヒーだろうが中国茶だろうがこだわらず、 何でも飲んでいるのに、急に豆を買ってきてコーヒーを立てたりする。 コーヒーに関しては気まぐれな人だと、ずっと思っていた。 母が「昔のコーヒーは匂いが良くて、本当においしかった」と言った。 どこかの家でコーヒーを立てているとそこいらじゅうにコーヒーの匂いが広がって、 通りの向こうまで匂いがしたと。 あんまりいい匂いだから、コーヒー豆をエプロンのポケットに入れて、仕事をしたりもしたと。

母の若い頃の話だから、もうずっと昔の話。
きっと本当は今のコーヒーの方が香り高くて、ずっとおいしいのだろうけれど。 昔のことだから、今のようにそこらあたりに香りがあふれ、おいしいものが氾濫して、 あらゆるものが賑やかに個性を主張している時代ではない。 きっと、私の目から見れば、セピアの毎日の中で、コーヒー豆や母の心を動かした、 いくつかのものだけが、ワンポイントで色づいているようなそんな日々だったろう。 だからこそ、毎日の中に新鮮で小さな幸せが潜んでいる。

母のコーヒー。
思い出の中のいい匂い。
どんな匂いだったのだろう。

今それを味わうことができたら、母は何を思うだろうか。

※母が最近懐かしく思い出すのは、香港のペニンシュラ・ホテルのコーヒーです。香港のおみやげに何気なく買ったコーヒーでしたが、母の思い出のコーヒーと同じくらい、薫り高いコーヒーだったようです。(2005年)

 (シィアル)

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