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茶飲哲学

【 貝原益軒 / 日本 (3) 】

益軒先生の健康法には毎日の生活でのちょっとした 注意・工夫による身体の健康の保ち方と 「気」、つまり内面・精神面の健康の保ち方が述べられています。 精神の平安・・・それは古代ギリシア・ヘレニズムの哲学者たちが こぞって、たどり着こうとした境地でした。 益軒先生は日々の暮らしのちょっとした心遣いの積み重ねで 江戸の大衆を「アタラクシア」や「アパティア」と呼ばれた 心の平静・精神的幸福の境地に導こうとしたのではないでしょうか? 益軒先生も身体だけでなく、精神の健康があってはじめて 人は幸福であり、長寿がまっとうできると考えていたと思われます。 この精神の平安状態について色々な哲学者が述べていますが、 素人目には考え方のプロセスは違っても結果としてたどり着くところ、 求める真理は同じ所にあるように思えます。 どこへ辿りつくかって? それは勿論益軒先生の求めるところです。

お茶を飲みながら、少し「ヘレニズム哲学の周辺」を散策をしてみましょう。 ちょっとした時間潰しくらいですが。 古代ギリシアで、哲学や科学が大きく発展したのも この「時間潰し」からです。大胆な極論ですが。 古代ギリシアでは、奴隷制がしかれていたので、 ギリシア市民(=青年男子限定)達は労働から解放されていました。 そのためアゴラ(=広場)での知的な井戸端会議(議論・討論)や 娯楽のための演劇が盛んとなります。 時間の余裕、精神的なゆとりから学問や芸術は生まれ洗練されていきます。 まあ、なかには暇つぶしのための詭弁術なんかも出てくるんですが。 貴族って「やんごとない」身分ですよね。これって、つまり「やることがない」身分? 平安時代の上流貴族なんかはこの典型で、平安時代の国風文化の発展も 労働から解放されている特権階級がその担い手なのですよね。 あくまでも「周辺」を軽く散策するということで、 益軒先生とヘレニズム哲学の相関関係について、 大胆なくくりで我田引水的に道なき道を行き当たりばったりに 強引に突き進んでみましょう。

ストア学派の「アパティア」について ローマ五賢帝の一人マルクス・アウレリウスは質素と自制心を モットーとしたストア派の学者でもありました。 彼は「自然より出て自然に帰る」と、名誉や欲望への執着を捨て去り、 不動心をしっかりと自分に根づかせることを説いています。 益軒先生風にいえば、 「過剰な執着を捨てることで、気がもれるのを防ぐ」ということでしょうか。

エピクロス学派の「アタラクシア」について 古代ギリシアの哲学者エピクロスも魂に悩みのない平安状態を「アタラクシア」と呼び、人間の幸福であるとしました。 ストア学派が「ストイック」であることを旨としたのに対し、 エピクロス学派は、快楽主義をとっています。 快楽主義といってもその内容は、 「快を求める欲望にはきりがなく、かえって苦のもとになるので 果てしない欲望は追わずひっそり暮らすがよい」ということです。 苦のない状態が幸せな状態で、それが人間の快楽であり、 私たちが短絡的に思い浮かべるようなやりたい放題、 欲を満たすことに人生をかけるようなそういう意味ではありません。 エピクロスは「隠れて生きよ」と言いました。 幸福は快を得、苦をさけるところにあるのです。 世俗的社会を離れ、隠れて質素に友情を大切に生きることを理想としています。

益軒先生は難しい精神論を述べてはいませんが、 益軒先生のいう「気」を保つことについて考えると、 行き着くところは「アタラクシア」や「アパティア」 つまり、精神的平静であると思うのです。 平易な実践で、ヘレニズム哲学を体得させる江戸の大先生、 それが貝原益軒先生その人なのです。

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