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米国から日本に帰ったのは、丁度梅雨も終ろうという七月の事でした。久しぶりの日本の夏で何に驚いたかといったら、なんといってもこの湿気。全米有数の湿度の高い南部の州にいたにもかかわらず、やはり大陸、遥かに日本よりは乾燥していたのですね。なによりも、冷たい飲み物をテーブルに置くと、テ−ブルの上が器から垂れた水滴で水浸しになるのにびっくり。最初はコップをひっくりかえしたのかとさえ思いました。哀れ卓上の本はびしょぬれ、小物は水没。日本の夏の空気にはこんなに水蒸気が含まれているのでしょうか。
とりあえずコップの外に付くしずくが垂れるのを防ぐべく、コースターを探すことにしました。木製や足つきの金属製のものは熱を遮るためのホット用でしょう、水滴対策にはなりません。水滴を吸収するタイプはコルク、布、不織布、紙などでできています。でもコップの縁を伝ったコーヒーも水滴と一緒にしみ込むから、どうしてもシミが出来てしまいます。はてどうしたものか。
ふと以前、銀座の古めかしい喫茶店でアイスコーヒーを頼んだ時に見かけて気に入って、しばらく探したコースターを思い出しました。銀色の小皿に細かい柄彫りがしてあって、垂直に5ミリ程の高さの縁どりが付いているものです。グラスに付いた水滴はコースターの底に溜って、テーブルにはこぼれません。グラスを持ち上げる時底に付いた雫が滴る怖れはありますが、何と言ってもその美術品のような繊細な形状が気に入りました。
ひっくりかえしてみると、小さく“ENGLAND”と彫ってあります。それからしばらくの間、あちこち輸入雑貨や食器のお店を探し回りました。銀色の板に滑り止めのフェルトを貼った、良く似たドイツ製のコースターはありましたが、それは残念ながら求める「ふち」がありません。世界の全ての品物が手に入ると言われる巨大都市東京。でもその小さな縁の有る英国製の銀のコースターは、結局みつけることができなかったのです。
アメリカから戻ってから、また引越しをしました。今度はこれまで暮らした中で一番小さな海沿いの町です。歩いて数分の所に、つい最近出来たばかりの大型ショッピングセンターがあるので日用品には事欠きませんが、欲しい本だの靴だのは特急列車で都会に買出しにいかなければならない辺境です。
ところが。そこのショッピングセンターの二階に入った、小さな「かわいい雑貨も売っている」ガス屋さんで、私は長年探し続けていたふちのある銀のコースターにめぐりあったのです。小さな銀のラックに綺麗に並んだセットでした。何年も前に銀座の喫茶店で見たコースターのように、縁が垂直にはなってはいません。よくある銀のお盆を小さくしたような、ひらひらした縁取りで、彫りも浅くて安っぽい感じです。それでも、これぞ私の求めていたふちのあるコースター!ごたごた食器だの籠だの香りグッズだのを垂直に詰め込んだ店内で「あったぁー!」と手に取ると、どうもこんな酔狂なものを買う人はこの町にはいないとみたのか、なんと六枚セットがバラ売りで一枚三百円、しかも既に一枚だけ売れてしまっていました。
ともかくも残っていた五枚のコースターをみんな買うと、コースターを立てるラックは店の品物の隙間にはまり込んでいた店主のおじさんが、おまけでくれました。それ以来うちのアイスコーヒーは、銀の小皿に載るようになりました。あとアイスクリームを盛った器を載せるのにもぴったりで豪華な感じがしますし、冬でもミルクピッチャーを載せるトレイになります。いや重宝重宝。
(ナルシア)