「呪い編」その1 / 紫といふ名 −織作紫(おりさく ゆかり)−  


■ ムラサキ(紫草・牟良佐伎)
 
ムラサキ科の多年草。初夏に可憐な白い花をつけ、根は太く、万葉の昔より薬用
染料として栽培されています。
「紫染め」はこの紫根を媒染したものです。
  洋の東西を問わず紫色は古来より高貴な色とされ、殊に平安貴族は紫色を運命の
縁の色、「ゆかりの色」として最も尊びました。
  現代でも「紫」の名で思い浮かぶのは、「源氏物語」巻中最上級の女性として
描かれる、「紫の上」でしょう。




 
織作家長女・織作紫さんについて、私達の知る事はあまりありません。生まれつきの
病弱で、社会に出る事もままならず、年の離れた妹を実の娘のように慈しむ、
優しい女(ひと)。母や妹達のような人間離れした美貌ではないものの、風に従う
秋草のように、静かにひっそりと生きた女。妹の葵さんは前時代的と否定しますが、
深い御簾の奥の姫君のような女は、やはり一方での理想かもしれません。

 ここで、誕生石の話をしましょう。
「絡新婦の理」事件中織作家の娘達は皆喪服姿で、その名の「色」はあまり印象に
残りませんでした。そのためかどうか、「彩の呪」は見逃されていたのです。
一人ひとりの名をそれぞれの色のイメージで鮮明にとらえるためにはどうすればよいのか。
 そこで私は、本邦ミステリ古典中の古典、中井英夫の「虚無への供物」氷沼家
習って、姉妹に宝石を割り当てる事を思い付きました。
つまり、彼女達は皆それぞれの生まれ月の誕生石を贈られ、その石の色に因んだ名を
与えられた、という趣向です。

 その設定で行きますと、「紫の石」といえばただひとつ。
高貴なる紫の水晶、二月の誕生石「アメジスト」。
“アメジスト”はギリシャ語で“酒の酔いを防ぐ”という意味で、酒の他、毒消しのお守りとして
身につける風習があったようです。
けれど、もし紫さんがこの宝石を身につけていたとしても、やはりその早すぎる人生の終りを、
遅らせることは出来なかったでしょう。
稀なる石とはいえ所詮は水晶、金剛石と呼ばれるダイヤモンド、鋼玉と呼ばれるルビー・
サファイア等に比べると、はるかに儚く脆いのです。 




1998年12月



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記 v0.36