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Madam


Madam

決して厭味で言ったわけでもなく、それはマニュアル通りの当たり前の呼称なのであろう。「 Madam,… 」と呼びかけられ、内心とても恥ずかしい思いをした。母に頼まれたボストンバッグを買うために、意を決してLouis Vuittonに行ったのだった。まだ小娘程度の頃で、世はバブル全盛期であった。海外でブランドを買い漁る日本人に対して、ブランド店の方もあまりいい印象を持ってないということがしばしば雑誌のコラムなどにも書かれていた。その影響もあって、ブランド品を買いに行くということに気後れと、ばつの悪さを感じていた。しどろもどろの英語で辛うじて、自分のものではなく、母のために買うのだと説明をして頼まれた物を探してもらった。「 Madam,… 」と言われる度に、どうしようもない居心地の悪さを感じた。さらに雑誌などの情報では、ブランド店の係員の接客態度も、日本人に対してはあまり良くないというのもあった。しかし、この場合に限っては、決してそんなことは無かった。本当に丁寧で、親切な対応であったと思う。
あの居心地の悪さというのは、私個人の事情による。今でも、あの時のことを思うと、恥ずかしくなる。マニュアル通りの「 Madam,… 」という言葉。やはり、店の客層の想定は小娘ではないのだろう。 「 Madam 」と呼ばれるに足る人。世の中には、お金やら若さやらが通用しない価値観もある。そういうことを私は教えられた気がする。一時の勢いだけで踏み越えてはならないものがある。平等だ、平等だと言うけれど。格の違いというのは存在する。確かにステイタスというものが存在する。格というと、何だか一生手の届かないもののようになってしまうけれど、それは経験と言い変えることが出来ると思う。あるいは人生の年輪。お金ではなくて、品とか格とか、あるいは経験や年輪。そういう精神的な価値を持っていることが必要な、そんな場もあるのだ。「場違い」とか「格が違う」とか、もしくは「品が無い」とか。そんな風な居心地の悪さを二度とは味わいたくないと、しみじみ思う。(S)


 
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