眠り猫の誘惑

眠る猫


 
 
   最近やたらと、眠り猫との遭遇率が高い。あまりにも高すぎる。
理由の一つとしては、単純に私の行動範囲が広がっていることがあげられるだろう。
とにかく、めったやたらと、色んなところで、各種の眠り猫に行き当たっている。
「嬉しい悲鳴」という言葉があるが、経済的な事情とも絡み、
今や嬉しいを通り越して、「きゃー!たすけてー」と、ただの悲鳴になっている。

11月。
出張や休暇中の買い物で、ほんとうに今までにない、
眠り猫の「大漁御礼」で、大きな大漁旗を掲げねばならないほどだ。
先週末の東京出張では、小さな雑貨屋さんで偶然、
蓋に眠り猫が浮き出た缶を発見した。
6個。
とりあえず、2個かせめて3個にしようと思ったが、
どうしても選びきれず、泣く思いで諦めた。。。
と、普通なら文章は続くが、実際は、泣く思いで6個全部買った。
それらの缶は、考え方を変えると、
今までになく実用的で、趣味と実用を兼ねた良いお買い物だったと
いうこともできるかもしれない。(いや、本当のところはどうなのだろう・・・?)

そして、文字通り、正しく、
泣く思いで諦めたのが、ある中国茶のお店で売っていた
中国版・眠り猫。
かなり大きなもので、確かにサイズの時点で
すでに買って帰ることは難しかった。
(イソップのキツネでなくても、
「あんな大き過ぎる猫は、とてもじゃないが連れて帰れないさ。」
と、声高に叫ぶだろう。)
さらに、状況を困難にしたのは、そのお値段であった。
「2万円」

2万円か・・・
だいたい旅先では気も大きくなっているから、
少々の無理はしても、次買いに来られない、次は無い、
そういう思いで、できるだけ、気に入った猫は買って帰っているのだが。
この眠り猫は。
確かに、上品な伊万里の眠り猫や、ロンドンで買った端正な猫と違い、
ぽってりとして、陶器のものではあるが、
丸みがあってあたたかな印象で、今までのコレクションに無い味があった。
だが、旅の最終日であり、すでに気は大きくなリ過ぎていて、ピークを越えていたのだ。
しかも。
一応、猫を集めだすとキリが無いから、
どんなに可愛くても、眠っている猫だけで、
(眠り猫のコレクションは偶然始まったのだが)
予算はどんなに奮発しても1万円台まで。
だから、2万と消費税込みで、2万1千円もする
この眠り猫とはどうしても縁が薄かったのだ。

カードだってある。
・・・色んな思いが頭を巡り、
ものすごい誘惑を受けながらも、
結局は予算の大原則を打ち破れなかった。
くすん。

いつかきっと。
きっと、いつか。



ねこまにあ